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語彙が豊かになれば、見える世界も豊かになる

 齋藤孝氏の著書『語彙力こそが教養である (角川新書) 』に次のような記述があります 

 より多くの語彙を身につけることは、手持ちの絵の具が増えるようなものです。(中略)(本書で)いちばん伝えたいのは、「語彙力が豊かになれば、見える世界が変わる」ということ。人生そのものが楽しくなるといことです。

  著者も「語彙力が豊かになれば、見える世界が変わる」という主張には賛同しています(後半部分の「見える世界が変わる」は「見える世界が豊かになる」と言い換えてもいいと思います)。

 人間が物事を考えるのは、言葉を通して初めて可能になります。ですから語彙が豊富であればあるほど考える内容の範囲も広くなり、逆に語彙が貧弱であればあるほど考える内容の範囲も狭くなります。 

 実際に他人とコミュニケーションをとるときのことを考えても、語彙が豊富であるほうが良いコミュニケーションがとれることは明白です。語彙が貧弱であるがゆえに微妙なニュアンスが伝わらないと祖語を生じかねません。一方、適切な語彙が使用できれば、そういったリスクも低く抑えられるでしょう。 

 語彙が貧弱であるより豊富であったほうが断然良いことは明白すぎるくらい明白です。

  では、どのようにして語彙を磨けばよいでしょうか。

  齋藤孝氏は、同書の中で、語彙力アップには名著が近道と述べています。ドフトエフスキーもよし、『三国志』もよし、『論語』もよし、シェークスピアもよし…。

  筆者も名著を読む重要性は十分に理解していますし、おおむね賛同しています。ただ、ドフトエフスキーに興味がない人が語彙力を磨くためにドフトエフスキーを読むとか、『論語』に興味のない人が語彙力を磨くために『論語』を読む、という方法よりももっと良い方法があるように思えます。

 筆者は筆者独自の視点から、語彙力を飛躍的に伸ばす方法を2つ提唱したいと思います。 

 1つは、自分が学んだことのない学問分野の本を読むことです

 例えば、経済学部出身の人なら、法学でも哲学でも心理学でも文学でも工学でもいいのです。興味のある学問分野の本を読むといいでしょう。(例えば、資格試験を目指すのものいいでしょうし、時間的な余裕のある人なら大学の通信教育課程で学ぶのもいいでしょう)。 

 すると、当然、それまで知らなかった分野の専門用語が身に付き、新しい世界を見ることができます。

   手前みそになりますが、著者は経済学、哲学、工学、商学、法学、言語学の6つの分野の学位を取得していますが、新しい分野の学問を始めるたびにそれまで知らなかった未知の世界が見えてくるということを身をもって体験しています。それは、ただ単に日常生活に流されるがまま生きていくのとは全く違う次元に飛んでいく爽快感を与えてくれます。もともと自分の興味のある学問分野を選ぶわけですからモチベーションも維持しやすいと考えます。 

 もう1つは、外国語の本を読むことです。日本人は少なくとも何年かは英語を学んでいるはずですから英語の本がもっとも親しみやすいでしょう。外国語の本を次々と読んでいくことにより、日本語で表された世界とはまったく別の世界が見えてくるようになります。

 日本語の語彙をひたすら磨いていくことは、譬えていえば、粗い白黒の画像を鮮明な白黒の画像に変えていく作業といえるでしょう。しかしいくら磨いても、白黒は白黒のままです。ところが外国語の語彙を身に着けると、そこに色が生じます。外国語を1つ学べば、白黒だったものに色が1色加わります。2つ学べば、色が2色加わります。学ぶ外国語の数の多さに従って、見える世界の色も多彩になります。そんな驚愕の体験ができるのです。

 「外国語などできなくても日本語だけできればいい」という人は「カラーでなくても白黒で見られればいい」と言っているに等しく、「語彙を磨かなくても生きていける」という人は「画素が粗くても何が映っているかが分かりさえすればいい」と言っているに等しいといえます。人間、だれしも言語を習得する能力を持っています。見る世界を驚異に満ちた素晴らしい世界にするのか、退屈な世界にするのかは、本人の努力しだいと言えます。