ソフィア・外国語研究協会

ソフィア・外国語研究協会は、
ボキャブラリーに特化した
語学検定試験を提供しています。
トップページサイトマップ お問い合わせ

外国語を学ぶ本質的な意味

 森山進氏は著書『英語社内公用語化の傾向と対策 ――英語格差社会に生き残るための7つの鉄則 』の中で「外国語を学ぶ本質的な意味」について次のように述べています。 

 「英語を話す」こと自体はゴールではなく、それができても実は出発点にさえ立っていない可能性さえある、という事実を、読者に冷静に受け止めて欲しい。「国際人」は英語を話せる人ではない。「グローバル化」は、社員が全員英語を自由に操れるようになることではない。それは、絶対的存在として横たわる文化や個人の違いを冷静に見つめて、寛容の気持ちをもって相手と接し、起こりうる摩擦を最小化して、できうる限り最大公約数を見出して共感を醸成し、個人であれ、企業人であれ、目的を遂行できる力をもった人、そういう人たちを一人でも多く生み出す「うねり」のこと、本質的には、それを「グローバル化」と呼ぶべきではないだろうか。そして、その過程で、個人は「自己相対化」ができるようになる。自分自身を、自分の会社を、自分の国・日本という国を、百メートル、千メートル上空、いや宇宙空間から俯瞰し、ちがいを止揚できるようになる。これが大切であり、おそらく外国語学習の目的はそこにある。 

 著者は森山氏のこの意見に賛同しています。まさに私たちは外国語を学ぶことで「自己相対化」ができるようになり、それ自体、外国語を学ぶ究極の目的といっていいと考えます。 

 では、「自己相対化」ができるようになると、どんな利益があるのでしょうか。 

 日本で生まれ、日本語だけで生活していると、日本の文化が当たり前であり、価値観が異なる文化に対して偏見を持ちかねません。しかし偏見をもつこと自体、自分で自分の人生を狭めることになります。

 一方、外国語を学び、異文化を知れば、日本文化的な考え方はあくまで日本文化的な考え方にすぎないことが理解できるかもしれません。そしてそれが理解できれば日本文化的な考え方しかできなかったときよりも視野が広まる(言い換えれば人生が豊かになる)でしょう。それこそが「自己相対化」の利益なのです。 

 しかし実際、かかる究極の目的を意識しながら外国語を学んでいる人はどの程度いるでしょうか。おそらく、いたとしても僅かでしょう。多くの人は、TOEICのスコアがいくらアップできるかとか、昇進に役立つかとか、お金儲けにつながるかといったことばかりが気にしながら学習しているのではないでしょうか。

 もちろん、そういった実利的な目的のために勉強することが悪いわけでもありません。実際、著者自身、若かりし頃に英語に没頭していたのも、将来、翻訳家になりたいという実利的な目的のためでしたし、TOEICの受験前はスコアが気になりました。

 ただ、実利的な目的のみで外国語を学んでいる人は、その目的が叶ったら、その後の学習動機は希薄になるでしょう。例えば、進学するために外国語を学んでいる人であれば、志望校に合格してしたあとは動機が下がるでしょうし、TOEICのスコアアップのために学んでいる人なら、目標のスコアが取れると動機が下がるでしょう。 

 一方、究極の目的がしっかりと見据えられていれば、熱意を維持しながら外国語学習に励むこともできるのではないかと考えます。

 傍目から見れば同じように学習しているようでも、究極の目的が見据えられている人と目先の目的しか目に入っていない人では、意識しているところが違います。当然、学習のしかたにも自ずと差が出てくるでしょう。せっかく莫大な時間と労力をかけて外国語を学ぶのであれば、短絡的にTOEICのスコアアップを狙うといった実利的な目的だけでなく、外国語を学ぶ本質的な意義も意識しながら学習するのが望ましいと考えます。