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外国語を学ぶと何が起こるのか

 『マルチ言語宣言: なぜ英語以外の外国語を学ぶのか』(京都大学学術出版会)の「まえがき」に次のように書かれています。

 「言語もしくは語彙の違いは、世界の捉え方の違いを生み出します

 「世界の捉え方が違う」ということはどういうことでしょうか。これは、平たくいえば、たとえば日本語話者と英語話者では、まったく同じ景色を見ても、同じ景色には見えないということです。もちろん、これはほかの言語にも言えることであり、異なる言語を使う者同士は、同じ景色を見ても、同じ景色には見えません。つまり、異なる言語を使う者同士は「同じ世界」には住んでいないのです。

 これは言語学の世界ではサピア・ウォーフの仮説として知られています。

 これを読まれた方の中には驚かれた人もいることでしょう。筆者も初めてサピア・ウォーフの仮説を知ったときは、衝撃を受けました。なぜ、使用する言語が違うだけで、見えている景色が違って見えるのか、そんなことがありうるのか、日本語話者であろうと英語話者であろうと、私たちの存在とは無関係に客観的な世界が存在するはずではないか、と。

 しかし、サピア・ウォーフの仮説によれば、万人に共通な客観的な世界があるわけではなく、一人ひとりの言語習慣によって見る世界が形成されるのだそうです。

 では、どうしてそのようなことが起こるのでしょうか。簡単な例として英語と日本語の違いを考えてみましょう。

 たとえば英語は数という文法範疇を持っているため、英語を話す際には単数か複数かの区別を必ずしなければなりません。たとえば、「私は本を読んだ」という場合、英語では、I read a book.か I read books.というように「本」が単数か複数かを区別しなければなりません。区別せずに言うことができないかです。一方、日本語では数の文法範疇がないため、「私は本を読んだ」と言ってもいいわけです。

 すると英語話者と日本語話者とでは、見えている世界がどう変わってくるでしょうか。英語話者は知らず知らずのうちに常に単数か複数かを気に止めなければなりません。そうしなければ英語を話すことができないからです。一方、日本語話者は単数か複数かを区別しなくても、日本語を話せるため、それほど気に止める必要もないのです。この違いが、英語話者と日本語話者とでは、見えている世界に違いをもたらすのです。

 それを証明する興味深い実験を紹介しましょう。ジョン・ルーシーは、同じ年頃の十数人の被験者に同じ絵を見せて、しばらく時間を置いた後で、その絵に何が描かれていたかを説明させるという実験をしています。すると、英語話者は「豚が何匹いた」かとか、「家が何軒あった」というように数に関して答える傾向が強く、マヤ語(日本語と同じように数の文法範疇がない言語)の話者は、「家が何でできていた」とか、「豚が何をしていた」というように数とは無関係な答え方をしたそうです「新・現代英語学」107ページ参照)。つまり、英語話者とマヤ語話者とでは、まったく同じ絵を見ていても、同じようには見えていなかったのです。

 では、外国語を学ぶと何が変わるのかという結論に移りましょう。

 私たちが外国語を学ぶということは、母国語とは異なる世界の見方を開くということであり、それによってそれまで知らなかった新しい世界が見えてくるのです。「こうした経験は、文化史的にも科学史的にも極めて大切なもので、これを通じて、私たちは、これまでのものの見方を超えて、新たな自分たちの在り方を見いだす」(『マルチ言語宣言』)ことができます。
 

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