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言葉は社会的なものである

言葉は社会的なものである。

誰もいないところで独り言を言うのなら何をどのように言おうがかまわないが、他人と話をする場合は、自分勝手な言葉の使い方をしないように気をつけなければならない。そうしなければ、まともな人とは思ってもらえなくなる。

簡単な例を挙げよう。

例えば、「私は東京大学出身です」と言う人がいたとしよう。しかし、実際は在京のN大学出身だったとする。なぜ嘘をついたのかと問いただすと、「私は『東京大学』を『東京の大学』という意味で使っています。ですから私の定義では私の出身大学は東京大学なのです。嘘などついていません」と答えたら、あなたはその人をまともな人だと思うだろうか? 私なら、その一回のやりとりだけで、すぐにその人とは距離を置くだろう。とてもまともな人とは思えないからだ。

このように言葉というものは一般社会で通用する意味で使うものであり、自分勝手な意味で使うためのものではない。自分勝手な意味で使うのが許されるのは、独り言を言うときくらいだろう。

上記の例は架空の例だが、女優・清水富美加氏の芸能界引退に際しての言葉使いは上記の例と同じくらい私には理解しがたい。

彼女は「出家する」ために契約満了を待たずに事務所を一方的に辞めた。撮影途中の映画があるのにもかかわらず…。

しかし、彼女は「出家する」とは言うものの、家族を捨てるわけでもなく、家族との連絡を断ち切るわけでもなく、教団施設に入るわけでも寺に入るわけでもなく、ましてや坊主になるわけでもなく、いままで通り自宅に住んでいるわけである。それは一般社会でいうところの「出家」ではない。

教団は「出家」と「在家」の違いついて「出家者となると(1日)24時間プロの修行者として救済にあたる」と述べているが、これもまた一般社会では通じない発言である。

報道によれば、教団は後に「出家」の意味を「幸福の科学の職員になること」だと述べたとされているが、それならばそれで最初から「出家」などという言葉は使わずに「教団の職員になる」と言うべきだろう。

教団は「清水氏は命にかかわる危険な状態だったから突然事務所を辞めた」などといっているが、病名は明かしていない。

このようなことがあると、教団のいう「命にかかわる危険な状態」というのも、一般社会でいうところの「命にかかわる危険な状態」のことなのか、それとも教団内部でしか通用しない意味における「命にかかわる危険な状態」のことなのか判断できなくなる。

また教団は「ドクターストップがかかった」と言っているが、それが一般社会でいうところの「ドクターストップ」なのか、それとも単に医者が「疲れたときはちょっと休んだほうがいいですね」ていどに言った言葉を「ドクターストップがかかった」と定義しているのか判断できない。

清水氏は過去に出したエッセー集で自らを「ぺふぺふ病にかかっている」と述べたらしいが、まさか今回事務所を突然辞める理由が「ぺふぺふ病にかかったから」ではないだろう。本当に「命にかかわる危険な状態」だというのなら病名くらいはきちんと事務所に報告すべきだろう。

もう一度いうが、言葉とは社会的なものである。自分勝手な意味で使っていいものではない。あくまで一般社会で通用する意味で使うべきである。それが社会のルールである。自分勝手な意味で使うことは、それ自体ルール違反だ。