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受験英語は必要悪か

 昭和49年に参議院議員の平泉渉氏は「英語は単に高校進学、大学進学のために必要な、受験用の「必要悪」であるにすぎない」とし、「大学の入試には外国語を課さない」という改革案を提唱しました。

 成毛眞氏も「(英語は)受験に必要ない科目ではないかと思う。英語はほかの科目より優先されるべき科目ではない」と受験英語の存在意義を否定しています。

 しかし平泉氏の案は実現することはありませんでした。それどころか外国語の配点は依然としてほかの科目より高い大学が多いのが現状です。

 これは、いかに受験英語が「必要悪」だと非難されようとも、入試に必要とされている何よりの証拠といえるでしょう。

 入試の英語が非難される理由の一つは、それが実用的なものではないということでしょう。アメリカ人でもわからないような問題が出されるのはおかしいというのが彼らの言い分です。

 この点に関し、渡部昇一氏は大学入試の英語を擁護して次のように述べています。

入試は日本の大学における修学適性度の判定をやるのである。それには緻密な読解力と、それを意味の通じる複雑な日本語で表現する能力が要求される。こういう能力は、入学後に日本語の論文を読んだり、日本語でレポートを書く能力にも前提になるのである。

 上記の理由により、アメリカ人でもわからない問題だからといって、即ちそれが悪問ということにはならないと言えるでしょう。

jyuken では、なぜ英語の入試を必須にするのか、英語以外ではいけないのか、という問題を考えてみましょう。この点に関し渡部氏は「英語の代わりにラテン語でも漢学でもよいのだが、今の日本では出来ない相談なので英語でやっているだけ」と述べています。要するに、英語でもいいけれども、英語でなくてもいいというわけです。実際、英語の代わりにフランス語やドイツ語で受験できる大学もあります。ただ、英語が世界語になっている現在、英語を課す学校が多いのは自然なことといえるでしょう。

 「英語でもいいけれど、英語でなくてもいい」というのを受け入れるとして、では、なぜ外国語を必須にしなければならないのでしょうか。

 これには外国語は(1)修学適性度が高い、(2)長期にわたる準備を必要とする、(3)応用問題が作りやすい、という利点があげられます。

 仮に外国語を課さないとすると、入試は数学、国語、社会、理科で作成せざるを得なくなりますが、もしそれを実行してしまうと習得に莫大な時間と労力を要する外国語を勉強する人がほとんどいなくなり、日本という国がナショナリズムに傾くことになる危険性があります。それは日本にとって大きなマイナスと言えるでしょう。

 以上のようなことを考え合わせると、入試から外国語をはずす高校や大学は今後も出てきそうにありません。「必要悪」と言われながらも、外国語は修学適性を計る上では必要であり、英語が世界語であるという実状を考えれば、ほとんどの大学で英語を入試科目として課すのは、全く問題がないとは言えないものの、おおむね適切なことといえるでしょう

 

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