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学生時代に学ぶ英語は役に立たないのか

 成毛眞氏は著書『日本人の9割に英語はいらない』の中で次のように述べています。

「おそらく、学生時代は英語が得意だった人も大勢いるだろう。ところが社会人になったとたん、その英語はまったく役に立たないことに気がつく」(16ページ9行目~)。

「6年間でおよそ900時間も英語に費やしておきながら、一体何が残るのか。簡単な英会話すら満足にできず、簡単な英文のビジネスメールさえ書けない語学力である」(16ページ12行目~)

 そこで、学生時代に学ぶ英語は本当に「まったく役に立たない」のか考えてみることにしましょう。

 通訳や翻訳家、英語教師など英語力を使う仕事をする人たちにとっては学生時代に学んだ英語が役立っていることに異論を挟む人はいないでしょうが、そういった人たち以外でも、仕事で英語を必要とする部署がある企業に就職すれば、本人が希望する場合は勿論、本人が希望しなくても英語を必要とする部署に配属される可能性はあるわけですから、学生時代に学んだ英語がいつか役に立つ可能性があることは否定できないでしょう。

 また、現実問題として、昇進試験で英語の試験を課している企業に就職した場合、学生時代に学んだ英語は昇進する上では役に立つといえるでしょう。あるいは、たとえ英語を必要とする部署のない企業に就職したとしても、転職したくなったとき、学生時代に英語を学んでおかなければ、英語を必要とする部署のある企業は転職先の候補として考えにくくなります。つまり、学生時代に英語を勉強していれば、その英語の知識を何らかの形で役に立たせる可能性がありますが、勉強していなければ、その可能性は閉ざされてしまうということです。

 では、仕事で英語を必要としない企業に就職した場合はどうでしょうか。これも「まったく役に立たない」とは言い過ぎでしょう。たしかに、そのような企業であれば、一見、仕事の上では「まったく役に立たない」ように思えるかもしれません。しかし、現実には役に立つことは稀にではあっても、あることはあるでしょう。例えば、外国人など来そうもない職場(一般のレストランや喫茶店、娯楽施設など)に就職したとしましょう。そのような職場だと学生時代に学んだ英語は「まったく役に立たない」ように思えるかもしれません。しかし日本語が話せない外国人が来たらどうでしょうか。英語を学んでおけば、英語で話しかけられた際(例えば、注文されたり、何かの場所を聞かれたりなどした際)、その対応くらいはできるでしょう。そう考えれば、「まったく役に立たない」ことはないのです。

 百歩譲って、仕事の上では「まったく役に立たない」にしても、仕事以外で役に立つ場合もあります。今やインターネットの時代です。たとえ辞書を引き引きであっても、英語のウェブサイトに書いてあることが理解できるようになったら、それはそれで大きな収穫と言えないでしょうか。また動画サイトを利用すれば、海外の番組も無料で見ることもできます。英米の有名大学の講義も探せば出てくることもあります。日本にいながらにして、ちょとした留学気分を味わうこともできるわけです。あるいは、自分のお気に入りの訳本を原書で読んでみたいと思ったとき、訳本と原書を対比させながら読むこともできます。すると訳本では理解しにくかった箇所が原書を読むことで理解が深まるということもあるかもしれません。成毛氏自身、立花氏の「翻訳は誤訳、悪訳がきわめて多い」という主張に「まったく同感だ」(177ページ13行目)と賛同しているのですから、なおさら自分のお気に入りの訳本を原書と対比して読めるようになっておいて損はないような気がします。こういったことは学生時代に英語を学んでいればこそできることであり、まったく学んでいなければ極めて困難なことです。そういう意味では「学生時代に学ぶ英語は役に立つ可能性がある」といったほうが適切でしょう。

 成毛氏自身、「実は、英語はほとんど話せなかった。マイクロソフトに入り、シアトルに出張するようになってから覚えたのである」(3ページ)と述懐されていますが、それが可能だったのは、学生時代に英語を学んだことが頭の中にインプットされていたからに他なりません。アルファベットも見たこともないような真っ白な状態から英語を勉強し始めるのと、900時間英語を学んだことのある人が英語の勉強を再開するのとでは訳が違います。

 あるいは、別の視点から、こうも考えることができるでしょう。900時間勉強しても「簡単な英会話すら満足にできず、簡単な英文のビジネスメールさえ書けない語学力」しか身に付かなかったとしましょう。しかし、それで「何も残らない」と断定することは早計でしょう。英語が話せなくても、相手の言っていることは何となく分かるようになるかもしれません。ビジネスレターが書けなくても、辞書を引き引きでも相手から貰ったビジネスレターを読むことができるようになるかもしれません。900時間でそこまで到達できれば、むしろ勉強したことが「残っている」と評価できます。そしてそこからさらに英会話ができるよう、あるいは、ビジネスレターが書けるようになりたければ、自分で勉強すればいいのです。そういった基盤ができるだけでも、学校で英語を学べば「何かが残る」と言えます。

 また成毛氏は「社会人にならなくても、海外旅行に行けば学校で教わった英語は何の役にも立たないことぐらい分かる」(16ページ10行目~)と述べています。しかし、それは著者には逆にしか思えません。海外旅行に行けば、むしろ学んだ英語が役に立つことが実感できるのではないかと思います。海外(特に英語圏の国)に行けば、空港では「何の目的で入国するか」と聞かれます。英語を一切習っていなければ何も答えることができないでしょう。レストランに入っても、アルファベットも知らなければメニューが読めないでしょう。電車に乗るのもショッピングするのも、英語を一切習っていなければ苦労するでしょう。しかし多少なりとも英語を学んでおけば、これらのことは難なくできるはずです。ということは海外旅行に行けば、学校で教わった英語が意外に役立つことが分かると思います。

 筆者が言いたいことを一言で言えば、「学生時代に学んだ英語が将来まったく役に立たない」ということはない、むしろ、役に立つ可能性があるから学生の間にしっかりと勉強しておいたほうがいいということです。学生時代に英語を学ばないことは、自分の可能性を狭めることはあっても、広げることはありません。現実問題として、大学入試ではほぼ全ての大学が英語の試験を課しているし、入社試験でも英語の試験を課している会社が多いわけですから、こうした現実を無視することは自分の可能性を狭めるだけです。そもそも、役に立つか立たないかは、本人を取り巻く環境だけで決まるわけではなく、本人の意思も関わることです。「せっかく学生時代に英語を学んだのに役に立たない」と嘆く人は、そう嘆く前に自分がどれだけ英語を役立たせようとしたのか自問してみる必要があるでしょう。なぜなら、役立たせようと思えば、役に立たせられる機会はたくさん見つけることができるからです。

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