お勧めの本

私の人生を変えた感涙ベスト1(『虹色のコーラス』(リュイス・プラッツ著、寺田真理子訳、西村書店、2017年)

 感動した本なら数限りなくある。しかし、感涙した本(つまり、本当に涙が止らなくなった本)となると数が非常に限られてくる。特に社会人になってからは実用書を読むことが多くなったため、涙を流すような本とは出会うことがなくなっていた。

50歳から外国語の本を読むようになると、ごくたまにではあるが、「感涙する本」に出会うようになった。というのも、外国語で読むのは実用書ではなく、きまって小説だからだ。ただ、それでも「感涙する本」に出会うことは滅多にない。あっても数年に1冊程度だ。

 そんな私が出会った「感涙する本」の1つが『虹色のコーラス』というスペイン文化賞受賞作品である。定年間近の女性教師が突然、荒れた地域に異動を命じられ、さまざま国の生徒たちに音楽の素晴らしさを伝えることに情熱を捧げる物語である。

改めて読み直してみたのだが、読み始めるとすぐにストーリーが蘇り、またまた涙が流れ出てきた。凄い。こんな本、初めてだ。そう、それほど美しい話なのだ。

 人は真髄に触れると何かが変わる。私もこの本を読んだ後、もっと美しい生き方をしたいという気持ちが自然と湧いてきた。それが一つのきっかけとなり、59歳まで音楽経験ゼロだった私が突如ピアノを購入、初日から練習時間のノルマを課した。1年目は1日20分以上、2年目は30分以上、3年目は35分以上…。今のところ1日も欠かざずノルマは達成できている。いったい何がそうさせたのか? 論理的な回答などない。美しい曲が弾けるようになりたくなったとしか答えようがない。

 じつは私がこの小説を初めて読んだのは2年半以上前のことだが、今、訳書を開いてみると、ところどころにシャープペンシルで「◎」の印を付けていたことを思い出した。この「◎」の意味は「日本語に訳しにくいスペイン語を、こなれた日本語に翻訳されているのに感心した」である。私自身が翻訳者でもあるので、翻訳のテクニックも参考にしながらスペイン語原典と訳書を読み比べていたのである。

 訳者の寺田真理子さんは英語の翻訳だけでなく、スペイン語の翻訳もされる方である。いわば二刀流である。英語の翻訳しかできない一刀流の私からすれば「凄い」の一言だ。しかも日本語として読みやすい訳文になっている。おそらく半端ない読書量が礎となっているのだろう。

 私はこの本が映像化されることを願っている。テレビでもいい、映画でもいい。肌の色が異なる人たちが登場人物として描かれているので、日本人の俳優だけで実写版を制作するのは難しいかもしれないが、アニメなら可能だろう。映画監督はぜひ考えてほしいものだ。いや、漫画化という手もあろう。漫画家の方にも考えてほしい。そしてそのために、まずは一読してほしい。もちろん一般の読者にもお勧めしたい。人生がガラリと変わるきっかけになりうる本だからだ。私自身の人生がガラリと変わったから言っているのである。  最後に、この小説を訳してくださった寺田真理子さんに、そしてその訳書を出版してくださった西村書店と原著者のリュイス・プラッツ氏にも感謝するしだいである。